【特別対談】中田宏×TME代表生明尚記(3/4)中田宏から見た戸塚の街。そして、リーダーに必要な心構えについて。

対談

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中田さんから見た戸塚の街。そして、リーダーに必要な心構えについて。

生明:弊社は戸塚で地域密着の音楽活動をしています。僕の地元が戸塚だということもあって、音楽を通じて地域貢献、社会貢献をすることを理念に掲げています。中田さんから見て、戸塚はどんな街だと思いますか?
 

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中田:横浜らしいところというイメージです。よく「どこが本当の横浜か」という不毛な議論になった時に、「まさに横浜だよね」というエリアは中区界隈だけだという話になったりしますよね。でも僕は戸塚はすごく横浜らしい場所だと思っていて、それはなぜかというと、東海道五十三次があって、戸塚宿があって…という歴史の古いイメージがあるからです。その頃はもちろん、横浜という地名ではなかったわけですが。
 
生明:戸塚はもともとは旧鎌倉市ですね。
 
中田:200年にも満たなない横浜という街の中では、戸塚は古くからの歴史と横浜らしさを感じる場所だと思います。
 
生明:今では再開発もどんどん進んで、最近では街の東西を結ぶアンダーパス(地下車道)が開通したというのが大きな出来事でした。いわゆる“開かずの踏切”だった戸塚の大踏切が128年の歴史に幕を閉じるということで、そのカウントダウンイベントでは僕が司会を務めさせていただきました。横浜銀蝿の翔さんもトークに駆けつけてくださり、街のみんなで踏切にお別れをしました。
 
中田:アンダーパスを作るのは僕の在任時に判断したんですよ。その他に戸塚で思い出深いのはドリームランドと駅前再開発ですね。再開発についてはずっと議論が続いていて、今までの街を守っていくべきだという意見と、開発をして次の時代に進むべきだという意見の両方がありました。難しい問題で、なかなか歴代の市長も手をつけることができなかった。ですが、消防法や街の治安、防災上の管理等、様々な観点から将来を見据えると、このまま放置するのはやはり厳しいと考えて、僕は思い切って啖呵を切ったんです。市議会で案を出して、これでダメなら僕の代でも解決できませんと。賛成と反対の狭間の中で誰が決断するか、みんなその話をなかなかしたがらないんですよね。
 

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生明:賛否がある中でリーダーとしてどう決断を下すか。僕も経営者なのでその難しさは日頃から噛み締めています。「決断」について、中田さんのポリシーは何かありますか。
 
中田:それは自分の中で決めています。『政治家の殺し方』の中にも書いたんですが、いま利益を得ている人よりも、もっと多くの人に利益があるかどうか、そして、今この瞬間の利益よりも、将来もっと利益になるかどうか。利益というのは金勘定だけではなくて、社会の便益、人々が享受する幸福感、治安、防災といった複合的なものです。「今よりも多く」「今よりも将来」の利益になるということが確認できたら、決断を下します。
 
生明:それは反対の意見がどんなに多くてもということですよね。
 
中田:そうです。
 
生明:僕はまだまだ未熟で、どうしても周りの意見に振り回されてしまうこともありますし、決断に踏み切れないことも多々あります。感情に流されてしまったり、落ち込むこともあり…。今の中田さんの言葉はすごく身に沁みます。
 
中田:自分なりの尺度や価値観というか、座右の銘のような言葉をきちんと持っていることが、いざ悩んだ時に決断を下せる否かに関わってきます。そういう意味では日頃から自分を鍛えておく、学んでおくということが必要です。
 
生明:中田さんの座右の銘は「先憂後楽」ですよね。
 
中田:この言葉はまさにリーダーの心構えです。先の時代に生きている人間は次の時代を憂いて物事を行動し、後に来る人達が楽しんだり楽をできるようにという意味ですね。
 
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